【ディティール信奉】なんちゃって総毛芯 (そうけじん) 仕立てのスーツをご存じですか?
オーダースーツに詳しくなってくると、よく聞く専門用語に“総毛芯”という物があります。フルキャンバスとも呼ばれる仕立て方法ですが、実は名前ばかりが先行してディティール信奉になり、中身が伴っていないケースが多くみられます。
本日は総毛芯や、それとよく対比される接着芯。総毛芯と言いながら本末転倒なスーツが出回っている件について、深堀りしていきます。
毛芯と接着芯
洋服の多くは外から見える表地・裏地だけでなく、服の中側にポケット布や伸び留めテープ等々の副資材を入れて作られています。それぞれ用途を持って使用されており、毛芯も副資材の一つです。
芯を何故入れるのか?
一見、表布だけで作られていそうなシャツでさえ、襟やカフス、前立て部分に芯を入れるのが一般的で、ほとんどの洋服に芯地は付き物です。
芯の主な目的として、表地や裏地だけではふにゃふにゃになってしまい見栄えが悪くなりやすいところ、芯地を入れる事でハリコシを持たせ、美しく仕上げる事が一つ。伸縮具合を安定させ裁断・縫製をしやすくする事の二つが挙げられます。
そして、芯にもフラシ芯と接着芯の2つ種類があります。
フラシ芯は糸で表地と縫い合わせる芯地の種類で、接着芯はアイロンやプレス機の熱で接着させます。
接着芯の方が簡単に時間もかからないので、コストが抑えられる反面、長期間の使用で剥離する可能性があったり、質感が平面的になるデメリットもあります。
では毛芯とは?
毛芯は、糸で縫い合わせるフラシ芯の一種でジャケットの前身頃側に入り、主に獣毛 (ウール) が原材料です。
一番上の画像でスーツがくり抜かれて見えているのが毛芯の中でも“台芯”という土台になる部分。毛芯は作りたいイメージに合わせて台芯に胸増し芯、肩増し芯を組み合わせ構成されています。
毛芯のメリットとして、糸で縫い付ける為、表地との間に適度な遊びが生まれ、自然なカーブを描き、接着芯よりも美しいスーツが作りやすくなります。また、剥離が起こらないため長期間の着用にも向いています。
手間と技術がかかる分、美しく・長く愛用できる毛芯仕立てなので、安価なスーツには取り入れにくい仕様と言われています。
しかし、、、
毛芯仕立ての中にも“なんちゃって総毛芯仕立て”とカテゴライズされるスーツがある事はあまり知られていません。
それが、このスーツ。
最初の画像の生地同様に、スーツの前身頃全体に毛芯 (台芯) が入っています。
なので、総毛芯仕立てと言えなくもないのですが、、、。
この生地はグレーのグレンチェック。プリント生地であれば生地の裏側が無地になりますが、これは織物なので裏もグレンチェックの柄が出ているはずです。
しかし、裏はグレー無地 (薄っすらとグレンチェックが透けている) で、接着芯が貼られているのが分かります。
裁断や縫製のしやすさ、シルエットの作りやすさを優先させて、接着芯が使われているのだと思いますが、これでは毛芯を入れていても良さが半減してしまいますし、接着芯部分の剥離が起こる可能性もあります。
別にこういったスーツが悪い訳ではなく、接着付きの毛芯仕立てと言って販売されていたら良いのですが、“接着芯を使っていません”と言って販売されているのが問題だと感じています。
なんちゃって総毛芯の見分け方
総毛芯か接着芯付き総毛芯の見分け方ですが、なかなかに難易度が高いです。
毛芯 (接着芯付き総毛芯を含む) かどうかは、芯が入っている前身頃を軽くつまんで、表地と芯地がずれる感覚があれば毛芯で、無ければ接着芯です。これは慣れてくれば出来るようになります。
接着芯付き総毛芯の見分け方については、同じように前身頃を軽くつまみ芯を除いた表地の厚さを、芯が全く入っていない箇所 (スラックスの足部分等) と比べて、同じ厚さであれば通常の毛芯仕立てです。前身頃が厚ければ接着芯付きです。
とはいえ難易度は高めなので、スーツ屋さんに聞いていただくのが一番早いかと思います。
いかがでしたでしょうか。総毛芯の特徴や、接着芯付きの総毛芯もあるというブログでした。
誤解があるといけませんが、接着芯がダメという内容ではありません。毛芯のスーツでないとスーツでないというつもりもありません。
通常の総毛芯仕立てであっても、接着芯はポケットの縁など強度が必要な (仮に剥離が起こっても問題が少ない) 箇所にはごく少量使用される事があります。また、コストを抑えて作りたい場合や、ライトなスーツを作りたい場合に接着芯を使用したスーツも選択肢の一つだと思います。
全ては選択次第ですので、お客様がどういうスーツを作りたいかに対して、私達スーツ屋が正しい知識を持ってどう応えていくかが大切に思います。洋服やファッションは楽しい物なので、楽しくご着用いただけるようオーダースーツEGRETはご提案してまいります。
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