店主、礼服を新しくしました。~選ぶべき黒い生地と、好ましい仕様をご紹介します~

先日、自分用の礼服を新たに仕立てました。
日々多くのお客様と接していると、「礼服って、どんな基準で選べばいいの?」というご相談をいただくことが少なくありません。
ビジネススーツとは少し角度の違うものであり、いざ必要なタイミングは突然訪れます。
今回は店主自身が新調した礼服を例に、生地選びからディテールの考え方まで、EGRETとして大切にしているポイントをご紹介してまいります。
“礼服にふさわしい黒”とは何か
礼服というカテゴリーは日本独自のものです。戦後、一着で冠婚葬祭どこへでも着ていける洋服として誕生しました。日本独自だからといって軽んじるものでもなく、戦後何十年も続いていることからも日本の服飾文化といえます。
その礼服において最も重要なのは、なんといっても黒の色。一般的な黒い生地とは異なり、礼服の黒は“濃さ”や“深さ”が求められます。
今回選んだのは、国産メーカーによる濃染加工が施された専用の礼服地。この濃染加工によって、光を吸い込むようなマットで深い黒が実現します。


よく「英国・イタリア製の生地のほうが高級でいいのでは?」というご質問をいただきますが、礼服に関しては話が別。海外では濃染加工を行うことが少なく、同じ“黒”でも深さに明らかな違いが出ます。国産のものでも違いが出ますので、見比べていただき厚さも含めてお選びいただきたいところです。
冠婚葬祭の場で並んだとき、黒の深さは意外なほど差が出るものですので、しっかりとしたものを選ぶことで、“ちゃんと整えてこられた方”という印象にも直結します。
礼服のデザイン
礼服で抑えておいたほうが良い仕様。今回、自分用に選んだのはスタイルをもとにご紹介します。
シングル2釦

世界のフォーマル基準でいえば1つ釦が最も格式が高いのですが、現代の日本の略服は“2釦”が基本。慶弔どちらにも対応する汎用性があります。
礼服が誕生したときは威厳がありそうだという理由でダブルブレスト (前合わせが大きく重なっているもの) でしたが、ここ20年ほどでシングルが主流になっています。ダブルとシングルでは格式の高さは厳密には同格なので主流なほうを選ぶのが良いかと思います。
ダブルがダメというわけではありませんが、20代、30代の方がダブルの礼服を着用していると、日本の場においては少し浮くように感じます。自分がどう着用したいかよりも、周りからどう見られるかという視点のほうが礼服においては重要です。
ステッチは入れない

冠婚葬祭すべてを兼ねる礼服となると、ステッチがあると華やかに見えてしまうため、ステッチは“なし”が基本です。
蓋なしの腰ポケットに、ノーベント


腰の、蓋 (フラップ) 無し玉縁ポケットは、フォーマル度を高める最もオーセンティックな仕様です。蓋は本来、外で着用することを想定して作られたもので、タキシード同様に付けないほうが良いです。
また、大きく動くことを想定しない礼服では、後ろベントを付けません。
スラックスの仕様

一般的なスーツのスラックスの裾仕様の基本がダブルなのに対して、礼服ではフォーマル度の高くなるシングルが基本です。
加えて、体重の増減が激しい方は アジャスターを付ける場合もあります。私は戒めも込めて、アジャスターは付けておりません 笑 。太らないようにします。。。
また、格式を保つ意味でも黒の内羽根のストレートチップもしくは、プレーントゥの靴を合わせてください。ネクタイは慶事ではシルバー系、弔辞では黒を合わせます。
礼服をご用意される方が多いです


お客様でも、昔来ていた礼服が合わなくなったからとご依頼いただくことが増えています。ご年齢を重ねられると、体型にも癖が出やすくなり既製品では合いにくいと感じられる方も多いです。
そういう方に向いているのがオーダーなのですが、どうしても仕上がりまでに時間がかかるため、“いざ”という時すぐにのご用意が難しいです。
EGRETでは常時、数十種類の国産濃染礼服地をご用意しています。
礼服は、人生の大切な瞬間に寄り添う一着。
黒の深さや、落ち着いた佇まい、身体を凜と見せるシルエット、こうした小さな積み重ねが、人生の節目の場で確かな礼を整えてくれます。
いつか、、、と思いながら後回しにしがちですが、準備があるだけで心の負担が大きく軽減されますので、ご検討の際には是非一度お気軽にご相談ください。
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