【ハンガー面】そのスーツは誰のために作るのか? ~前振り袖についての誤解も解説します~

ハンガー面という言葉をご存じでしょうか?
「ハンガー面が良い」「ハンガー面が悪い」「ハンガー映えする」といった表現で使われ、ハンガーにかけた際の洋服の印象を指します。主にジャケットやコートなどのアパレルの主力商品に用いられることが多く、これらのアイテムは他の衣料品よりも厚みのあるハンガーにかかり、身頃から伸びるカーブを描いた袖を含めた印象で評価されます。
一部の商業施設では、ハンガー面を特に重視しすぎているという話をよく耳にします。人が着用した際に美しく見える洋服が理想ですが、その前段階として、ハンガーにかかった状態で魅力的に見えなければ、試着に至らず購入にもつながりません。より多くの人に手に取ってもらうために、ハンガー面の美しさを追求する流れが生まれているのです。
しかし、ハンガーにかけた際に美しく見せる工夫が、着用時のシルエットに悪影響を与えることがあります。例えば、ハンガー面を良くするためには、袖を前に振ることでハンガーにかけた際の落ち着きを向上させる必要があります。しかし、この調整が過剰になると、標準的な体型の人が着た際に腕の振りが不自然になってしまいます。
袖の構造と前振り袖について
ジャケットの袖は基本的に二枚袖で構成され、外袖と内袖の二つのパーツから成り立っています (シャツなどには一枚袖が採用されています)。この二枚袖にすることで立体的な袖を作ることが可能となり、型紙上で腕の振り具合を設計しやすくなります。
最近では、YouTubeやSNSなどで「前振り袖」がもてはやされることがあります。
「人の腕は前向きについているから、前振り袖が良い」
確かに一理ありますが、振りすぎた袖は良いわけがありません。服作りの基本は、着用するお客様の体型に合わせることです。既製品であれば想定するお客様像に対して合わせていきます。したがって、対象となる人が腕を下ろした状態で自然に見える袖が理想的です。しかし、この設計ではハンガーにかけた際に袖の落ち着きが悪くなることが多いです。
ハンガー面を優先して設計されたジャケットは、着用すると二の腕の後ろ部分に不自然なシワが寄ることがあ多いです。反身体 (胸を張った姿勢) の人に見られるシワが、標準体型の人でも出てしまうのは問題です。
前振りが強い、所謂ハンガー面が良いジャケットを私が着用するとこのようにシワが入ります。
シワをなくそうと思えば、このように腕を前に振るとおさまりが良くなります。ここまで前に腕が振っている方もいらっしゃらない訳ではありませんが、かなりの少数派です。
本来人が着て美しいジャケットは、このように力を抜いて腕を下した際に、無駄なシワがなく綺麗に収まるものです。
ここまでの違いがあってもハンガー面を気にするのかどうか、それは店舗の考え方次第ではないでしょうか。
また、前振り袖が「ハンドメイドの証」や「職人によるアイロンワークの賜物」などと言われることがありますが、これは単なるセールストークに過ぎません。実際には型紙の操作と一般的な縫製技術で作ることができ、多くのジャケットは前振り袖です。前振り袖が、特別な技術の証ではないことにご注意ください。
自分の体に合った腕の振り具合まで調整できるのがオーダースーツの魅力です。EGRETでは、お客様の体型に合わせた補正を得意としており、ハンガー面を気にする必要のない理想的なスーツをご提供します。兵庫県姫路市でこだわりの詰まったスーツをお求めの際は、ぜひ一度お問い合わせください。
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